昭和41年10月4日 朝の御理解
                             末永静行(№41-111-B-1)



ここにお参りをしてくるということ。ここには信心の稽古に通うてくるということ。それはどういうような事かというと、信心させて頂いて、その信心の稽古をさせて頂く事によって、信心の稽古をしなければ味わえない、信心の稽古をしなければ頂けない、信心の喜びというもの。その喜びを求めてお互いが信心の稽古をさせて頂くのであり、またここに通うてくるのでなからなければならん。その喜びに、私どもの願い以上のおかげを下さるのであり、その喜びに、おかげが頂ける、奇跡も現れるようなおかげにもなる。
昨日の西日本の新聞に、フランスの、まあやっぱありあの、西洋のあーいう信仰があるんだと思うんですね。キリスト、カトリック教の系の十いくつかになる少年が十何年16年ぶりに目が開いたという、信仰によって、やはりどこの名医もさじをなげておった。ところが、ある夜、続けて、ここでいうなら霊場のようなところでしょね。ちょうどお山のお滝場のようなところでしょう、写真が載ってましたが、あの、巡礼がみんな集まってお参りをする場所らしいんですね。
そこへその参れと。そこに参れば目が開くというよなお告げを頂いた。それで、その、両親の反対を押しきってどうでも参らせてくれというので、他の巡礼と一緒に、そこへ霊場へお参りをさせて頂いて、四日目かね、もうたいへんな実は苦しみがありまして、その苦しみが段々薄らいでくるにしたがって目が見え出したというお話がでておりました。
それをもうほんとに、まあめづらしがっとる。めづらしいことはめづらしいことにちがいありませんけれども、日本でもそういう例は、それこそ(    ?    )霊験談じゃないですけどもね、そういう例はございますですよね。けれどもその、やはり、それまでその、目が開く時にはやはりその、神様の働きというものが全身に、こう働きかけがはじまってくると、非常な苦しみをおぼえた、非常な苦しみがとものうたということ。そしてそれが段々薄らぐにしたがって目が見えてきたというその、やはりこれは、その、体だけの事ではありません、様々なおかげを頂くという場合でもそうです、特別な神様のおかげを頂くという事、ね。
もうほんとに特別なおかげを頂かなければもう立ち行かんといったために、その特別なおかげを願うわけ。その願う前にはですね、やはりこれは体だけの事じゃありません、例えば人、事情、事柄の場合においてもです、ね、やっぱそれが必ずあるということ。これはお参りさせて頂いて、そしてこんなに目が痛み出したと。もうじっとしちゃおられん、もう苦しまぎれに、さあ医者に行こうというとったんだったら、おそらく私は目が見えたように、見えるようになってなかったと、ね。
そこのいよいよの時に、私は辛抱し抜かせて頂くためにです、日頃信心の稽古をしとかなければいけないというのです、ね。まあ信心の稽古というのは、話を聞いてたくさん聞いておいてその話しを覚えておくという事もですけれどです、ね。なんというてもそこを乗り切るためには、やはり信心の喜びというものを頂いとかなければ、そこが乗り切れんのです、ね。
教祖の神様はそこんところを、まあお試しとこう仰る。信心に身が入ってくると必ず神様からお試しがありますぞと。ですからそのお試しを私ども乗り切らせて頂くためにはです、どうでも信心の喜びというものを頂いておかなければできんのです。
そこをですね、ただ苦しい、苦しいでただそのただ、乗り越えただけでとか、その苦しい事を何かにすがったり頼ったりしてそこが開けたんではそこはただ開くだけであって、その、力にも徳にもならんのです、おしいですよねですから、ただそこんところを、言うなら、合掌して元気な心で受けて、通り抜けさせて頂いてこそ、初めて力にもなれば、いわゆば、お徳にもなるのですから、ね、私共は特別なおかげを頂かなければならん時に、やはり、特別な神様の働きがある、その特別な働きを私共は受けきらんのですよ。
神様はおけげを下さる時にはですね、様々な難しい働きが始まるんですけれども、と同時にそこんところを、どうぞ信心で乗り切らせて頂けれるようにです、何かそう言う微妙な神様の働きのある事は間違いないです。
これは、もう、ここの事じゃないけれど、この前の連合会の共励会の時に旗崎のご信者さんが体験発表してました。(    )なってお願いをさせて頂いた、ところが、もういよいよ神様だけじゃいかんごたる不安になってきた、いよいよひどうなってきた、そこで先生にお取次ぎを願って病院へやらせて頂く事に心を決め、またはお願いもした、ところが、先生がそんなら先生がお願いをしとこうという事であった、それで、病院行った所が病院の先生が留守じゃった、そん時にはっと日頃稽古させてもらっておることに気が付いたとこう言うのである、それで、まあ、ちょっと帰りに教会に行って、先生参りましたけれども、病院が留守でございました先生が、ね、ですから、これはやはり神様が病院に行かずに神様に一心にすがるという事であると仰って頂いておると思うて帰ってまいりました、どうぞ、また改めてお願いし直して下さいと言うておかげを受けたと言う話をしておられる。
こう言う例はたくさんありますよね椛目にも、昨日、(        )中林さんがお礼に出て見えたんですけれども、あちらのお孫さんなんかがそうでした、これなんかはさっきのそれじゃないけれど、これはもう、これはもう生まれつき、もうどげなん眼科でも目は絶対目は開かんち、ね、それで神様は一心にすがって目が開くと仰る、開くと仰る、ね、今日だから一生懸命親も参ってくりゃ、おばあさんも参ってきておすがりさせて頂いた。ところが、やはり、親の情と言うか、長年信心は頂いておられますけれども、やはり、その、心もとないものあったんでしょうね、やはり、その、おばあさんは椛目の先生が手術やらせんでも良いといわれる、また、病院に参りましても、手術をしようと言う医者がいない、ですから、もう十四、五ぐらいになって、少し成分でも付いたら手術をしてもいいけれど、それまではしたって同じだと言うふうに言うけれども、ただそのうち一軒だけ、(         )、手術してみようと言う医者が一軒あった、さぁー親としては、手術をしてくれると言うもんですから、まあ、万が一見えるようになるという気持ちがあるもんですから、そこんところ手術したいと言う気持ちになって、電話をかけてきた、手術をする事になったところがですね、三回を三回ともいろんな向こうに手術の準備出来た時にはこっちが出来ない、こちらが準備が出来とる時には病院のほうが何か都合で出来ないと言うように三回に渡ってですね、手術が出来ないように出来ようにと言う働きがあったです。
まあ、それは度々電話でございましたけれどもね、それで、もうたいがいいいかげんに分かってですたい、もう手術はせんぞという気になりなさいというて、最後にはもう叱るようにして私は申しましたけれどもです。四回目には手術を、まあ、しなければならないようなはめになって手術をした、もちろん、だから、片一歩だ致しました、両眼でしたからあんばい目ですからね、ところが、とうとう失明してしまった、ところがです、ね、方一歩の目が見え出した、もう現在では何も不自由もなしにおかげを頂くようになり、それは勿論片一歩の目ですけれども、と言うが、子供達なんかはもう(        )おらんなら嘘のようです。けれども、その中にも、やはりそれがございますですね、あの、例えば神様が開く、その開くとこう仰って下さるのだからと言うふうにそれにすがり抜いて行く、と言っておったら両方頂いとったであろう、けれども、そこは片一歩だけの信心であったから片一歩だけのおかげを頂いたということになる、これはもう現代での、これは奇跡でしょうね、もう、これはもう少し詳しいお話をすると、もっと、それこそ、昨日の新聞記事以上のことが、まあお話が出来るんですけどね。
そう言う時にです、私がですね本当に椛目にもうちっと、いわば、ちこうして、もっと打ち込んで、なら、両親勿論おばあさんたちもです、長年信心をしておるのですけれども、信心の喜びを頂けれるところで信心の喜びを以っておったら泣いてなかったと思うんですね、信心の喜びがないから結局、いわば、子供の情に引かされた、とうとう手術をした事の結果になったんですよ、ね、信心の喜びと言うものはね、どうしても頂かなければいけん、ね。
昨日、妹の子供、幼稚園の先生をしております、田主丸の幼稚園に行きよりますが、中に子供の中に一人、白道というところの息子さんが、もうどうしても皆となじまない、もう泳ぎなんかでも絶対自分でしようとしない、それでお取次ぎを頂いて、どうぞ、ずうっとその、子供の事をお願いしておりました、それは、まあ、後から感じた事ですけれども、それが昨日、一昨日でしたか、昨日、一昨日でしたでしょうか、はじめてその先生と手を、先生となら踊ると言うように、踊りを踊ったり、先生が手をとってくれると一緒に踊るということになった、もう、その母が毎日でて見えるんですけれども、もう踊るようになったというのでもう大変な喜びであった、それから、昨日である、お家に帰ってから、まあ、友達と広場で遊びよった、そしたらこんな大きな石が転がった、そして、それこそ、もう体の上に行ったら体がぐっちゃげてしまうちうような大きな石が転がってきて、ね、足を、足の上にある、足が斜めにこう、骨が折れたと言うんでしょうかね、という事故があった、それを帰りがけに聞かせて頂いてからですね、ここでお願いなり、御礼なり、また申しますんです、丁度あの子のお願いをする事に、させて頂くようになったら、自分がちょっとした足をくじいてですね、その、足は、ぜんぜん歩かれんようになった、それでもやっぱり一日二日休みましたけれども、びっこ引きながら行ったんですけれども、本当にしびれが考えてみるとですね、本当に子供の為にまつりがえを頂いた、本当にもし子供が泳ぎも何もしないからと言うてからという事でお願いをさせていただいたけれどもそのお願いをしていなかったら、そのお取次ぎを頂いてなかったら、もう本当にあの石のために、それこそ即死しておったかも知れん、けれども、神様にお願いしておったおかげで大難を小難におかげを頂いたと言うのです、しかも、丁度あの子のお願いをさせて頂いた時から、(       )、自分の足はこんなにまだ悪いですが、どこがくじいたと言う何かそうやって関連があったような気がしますというて、その、昨日お礼、お届けをしておりました。
それで、私は本当に思いましたね、信心のある先生を持っておる子供は幸せだなあと本当しみじみ思いました。ね、それでもお母さんは信心がないからそんな事は分からんけれども、あの、まあ、非常に喜んで、先生にその事を報告に見えたという事でございましたがね。
本当に一つおかげを頂いて信心の喜び、信心の喜びを頂かせて頂く為にここに通うて来る、ですから、その信心の喜びをいよいよ頂かせて頂くためにですね、私はその妹の祈りのような泰子の事を言うたらおかしいのですけれども、ね、自分以外の者の事を祈り続けるとか願い続けるという事。
またはこれも妹の事でございますけれども、これは、高芝さん達夫婦が一番ご承知ですけども、もう本当に先生とてもどげんえらかったっちゃ、どげんかんがえたっちゃ泰子さんあの幼稚園に出される事はもう泣きの涙のご修行である、それはその為に親子が非常な難儀、非常な修行をしました、ある事柄があったんです、けれども、そこんところも泣く泣く辛抱し抜かせて頂いて、おかげを頂きましたら、その後におかげを頂いてから、あの保護さんの試験と言うのは大変難しいらしいですね、たくさん保母さんがおられますけれども、本当の資格を持った人はそうおられんそうです、ところが、おかげを頂いてから、泰子は去年、二回で全部受かりましてね、幼稚園にもまだ資格を持った人がいないそうです、けれども、一番若くて資格を頂くと言うようなおかげを頂いております、そう言う修行もあるとはあるとでした。
ですから、特別なおかげを下さるためにはそう言う働きがある、ね、ですから、どうしても喜びを、信心の喜びを育てるためにです、ね、例えて言うならば、赤の他人の誰彼の事でも真剣にお願いをさせてもらう、それは、わずかな給料の中からです、その事の為に本当に御初穂させてもろうてからお願いをし続けるという事はただお願いをするだけでもなかなか出来る事じゃないです、ね、それがおかげを頂くところに本人の喜びがある、その為に自分が御祭り替えを頂いておったと思われるような事柄に直面し、それに自分が実感させてもらうところから、いよいよその喜びが有り難いものになっていく。
ですから、ここでは、いうならば、喜びの種を皆さんに私はあげておるだけの事だと思うんです、ですから、皆さんがその喜びの種をです、以って帰って、いわば、育てさせてもらうのは皆さんの御用だという事。ね。
久留米の初代の石橋先生が久留米に出ました当時に頂いた御理解の中に、神は神がおるから氏子は骨を削れと言うな御理解を頂いた。氏子は骨を削れ、自分の身に骨を削って、やはり、あの、信心の喜びを頂くための修行をさせてもらえという事、ね、神は神がおると、いわゆる、(                  )。骨は、いわば、そう言うもの、だから、神様の合作なんです。私共は本当に喜び打ち出させて頂くところの精進、努力をさせてもらうところに、神様は神がおってくださって、その神とその骨が一緒になった時にですね、末広がりのおかげ、いわゆる、末繁盛のおかげと言うようなお徳が受けられるのです、ね。
ところがそこんところを抜きにしてです、ただお取り次を頂いて、お願いをしておかげを頂こう、おかげを頂こうと言う信心がです、いつまでも続くような事であってはおかげにならん、ここで喜びの種を皆さんが頂かれたら、それを育てる働き、その育てるという事の中にです、例えて申しますならば、神の誰彼の事では祈らせて頂けれる神心を育てる精進が必要だという事その修行が、または、ここは辛抱できんと言うところでも辛抱し抜かせて頂くところに次におかげがあるという事、例えばまあ、妹の子供の事を申しましたがです、もう私が本当にもう自分の身内の事を褒める事はおかしいんですけれども、私もですから、本当に冷淡ないえば冷淡ですけれども、神情一つでお取次ぎをさせてもらいました。あれはよその、皆さんの子供さんだったらそれは私が例えば止めさせるなら止めさせなさいと言うたに違いありませんです、それは、高芝さん達夫婦が一番事情を知っておりましたけれども、おかげを頂きました、おかげぞと、辛抱抜かせた、それこそ、泣く泣く親子の者が辛抱し抜いたそのことによって、ね、そして、辛抱しぬかせて頂く先におかげがあるというようにです、これは、やはり信心の喜びをいよいよ育てさせて頂く信心辛抱と言うのは本当に喜び育てさせて頂く一番のこれは要素として必要である、ね、同時にやはり身を削らせてもらう、いよいよ、自分というものを改まらせて頂くと言う、同時に神心となりてと仰るように、神心になりて赤の他人の誰彼のことでも自分に縁が出来た人が不幸せであるとするならばです、その人の事をやはり人修行させて頂いてでもです、それは大事なお金であっても、ね、その人のために祈らせて頂けれる、その人のために使えさせて頂けれると言うような信心からです、私は喜びと言うものが育って行くとこう思うのです。
種だけは洗いよるけれど、そういう辛抱もしない、神心になろうともしない、改まろうともしない、それでは、いわば、種をもろうただけで、芽も出ませんです、そうでしょうが、、喜びの芽がいよいよ、喜びの種を頂くのですから、いよいよそれを育てさせて頂くところのおかげを頂いていかなければならん。
そう言う意味で皆さん椛目に通うてこにゃいけません、ここには信心の稽古にくるところ、信心の、いわば、喜びの種を頂きに来るところ、その種を以って帰って育てるのは氏子の役目、私共の、いわば、私共の勤めなんです、そこはね、だから、自ずと神様の働いてくださる事と、私共の働きと言うものは別なんです、それが一つになった時に、いわば末広がるおかげになってくる、骨は氏子が削れ、神は神がおると、ね、末広の、やはりおかげ、ただその時のおかげに留まっちゃならん、いよいよ末広のおかげになっていく、いわば、ためにはそこんところの信心を一つ目指す信心にならなければ行けん。
まあ、いろいろ申しましたけれども、この事は喜びを育てるといったような事は只今申した事だけではございません、まだ、いろいろ工夫させて頂いて、自分の心の喜びの芽を育てるために、ね、草も取らなければなりません、水も与えなければなりません、肥料も与えなければなりません、そう言うようなことはまだたくさんあろう、そこんところをお互いの信心をもってです、話を聞くばかりが脳ではない、わが心から練りだせと仰るから、練りださせて頂いてから、私は育てて行かなければならん、ね。
目指しは信心の目指しはそこにおかなければいけんと思うんです。
                                どうぞ。